上品な近視
「音声学」という必修の授業があるんですが、人間の音を聞く力、そして何かを認識する力が、どのような過程を経ておこなわれるかということを勉強するんですね。
音大というのは、ただ音楽を演奏することを学ぶだけじゃないんです。
脳では音楽にとっては聴覚野というのがたいへん重要な領域でして、「音声学」の授業では、視覚野と聴覚野では、どちらが認識の上で優先するかという実験をおこないました。
たとえば「え」という口をして、別のところから「お」の音を出すと、人間は「お」の音が流れているのに「え」という人間の口の形を見て、この音は「え」であると認識してしまうんですね。
ですから勉強していて、脳というのは非常におもしろい研究分野だなあと思いました。
私は若い頃、最初に大学に入ったときは哲学科でしたので、人間が人間であるということ、そして臼‥分は何名かということを人文科学的に考えたわけです。
人間について考えるときに、このような哲学的なアプローチと、科学的なアプローチの二通りがあると思うんですけれど、私は二一世紀は、この境目がほとんどなくなっていくのだろうなと思っています。
私か哲学科に入りましたのは、三〇年以上昔ですが、たまたまいい先生に巡りあえまして、これからの哲学者は科学者でなければならないとおっしゃたんです。
利根川それは偉い先生ですね。
一般的に、哲学の世界ではかならずしもそういった考えをもった人は多くないですね。
私は一年ほど前にも、ある有名なギリシヤ哲学者とこういう壇上で、7みなさんがいる前で大論争しましたけれどね。
確かに現代の哲学者でいろんな分野に興味がある方は、いまIさんがおっしゃったように科学的な方法を取り入れて哲学を研究するということになるでしょうね。
そもそも自然科学というのは哲学から派生したものなんてすね。
私は、アメリカの大学の哲学科の教授のなかにも、Iさんの大学時代の先生のような考え方をもった人たちを知っています。
これからは、脳科学の研究成果が、いわゆる哲学上のいろいろな問Iということは、文学とか哲学は、学問的にいずれ脳科学に吸収されてしまう可能性があるというわけですね。
私は、そのように言っているんだけれど、賛成してくれない人もいますね。
私も含めて文学に携わっている方は、この世界には精神世界と物質ほ界の二つがあって、物質世界を解明するのがサイエンスの役割で、サイエンスに精神世界まで解明されてたまるものかという思いを抱いていらっしゃる方は非常に多いと患いますね。
ただやはり精神活動が、脳をもとにおこなわれているということを考えますと、文学もいずれは脳科学に集約されていくのかなという気がしますけれどね。
Iさんは理科系的思考も許される方だから、考え方が柔軟ですよね。
先ほど、先生は実験というのはたいへんな肉体労働だとおっしゃいましたでしょ。
実は私、高校生のときに物理クラブでウィルソンの霧箱といういまではもう古典的になってしまった実験をやっておりまして、当時高校生でそれに成功したのは私たちがはじめてだったんです。
どういう実験かといいますと、霧箱をつくってその中を真空状態にして、そこに放射線を飛ばすんですね。
それに電磁場をかけまして、放射線の軌跡を曲げるんです。
そういう実験を三年間やっておりました。
この実験では、その霧箱をつくらなければならないので、これは科学の実験なのか工作の時間なのかという感じで、毎日毎日、箱をつくっておりました。
それで、三年生になったときにようやく成功したんです。
ですから科学は、切実に忍耐力もいるし、体力も必要な仕事だということはよくわかります。
それから、失敗してしまったときに、またやり直そうという楽天性も必要だということもたいへんよくわかるので、私は理科系人間なのかなという気がいたします。
文学をやっておられる方でも、理科系の分野についてよく認識されている方もおられますからね。
さきほど先生は、日本人は原爆のことがあって放射線に対して一種のアレルギーかあるとおっしゃいました。
私は高校時代の三年間、放射線を扱っていたんですね。
先生も、実験のときに放射線を扱われることがあると思うんですが、一般の方は、やはり放射線に対して非常に恐怖心を抱かれるんでしょうね。
利根川放射線を含めた、さまざまな危険物を取り扱うときの、非常に厳重な扱い方というのがありまして、これは大学にもそういうことを監視している専門家がいます。
ですから、それに沿うようにしてやっています。
ただ、たとえばわれわれか使っている放射線というのは、たとえば物理学者が使っている放射線にくらべれば量は非常に少ないです。
生物学者の放射線の使い方っていうのは、そんなに危険なものではないんです。
そのかわりいろいろな毒性の化合物を使いますから、研究の場では、いつも安全に注意しています。
現代における先端科学のとらえ方I先生がノーベル賞を受賞された、ご専門の分野である遺伝子の最近の話題ですと、たとえば遺伝子組換えということがありますね。
つい先日の新聞でも、遺伝子組換えの作物が五%混っていても、認可するというような記事が出ていました。
おそらく多くのみなさんが、よくわからないまま遺伝子を組換えるのは恐ろしいものだと思っていらっしゃるでしょうし、しかも非常に人為的に組換えがおこなわれると思っていらっしゃる方も多いと思うんです。
ところが、先生の研究を拝読いたしますと、自然の世界では、遺伝子組換えはふつうにあることなんですね。
一九七〇年代のはじめに遺伝子組換えが人工的におこなわれたときに、科学者も全容がわかっていなかったものですから、アメリカのサンフランシスコで自分たちで会議を開いて、一時的にこの分野の研究を中断したんです。
科学者自身が規制して、国際的な同意を取りつけました。
つまり、遺伝子組換えにしろ、生物のクローニングにしろ、新しいテクノロジーが開発されますと、最初は危険性に対するセンシティブな反応というのが、社会からも科学者たちのあいだでもおこるんですね。
しかし、いままでの歴史を見ていますと、その後に冷静になって、危険な面と有効な面との検証がおこなわれる。
だから現在は、遺伝子組換えについては明らかに毒性のあるものをつくりだすようなことは禁止されていて、もしおこなうと刑事事件になりますね。
けれども、遺伝子組換えがはじめておこなわれたときに危惧されていたような、非常に広範な危険性については、実はないのだということが、科学的にかなり証明されているんです。
現に自然界では、遺伝子組換えが頻繁におこなわれているわけです。
われわれはこれまで、それを認識していなかっただけで、現在のように人工的な遺伝子組換えがおこなわれたということから、逆に自然界でも組換えがおこっているということがわかってきたんです。
二、三日前の新聞に出ていましたけれど、クローン技術によって血管をつくるという実験に成功したということで、これは人間にとって有意義な技術の活用ということが言えると思うんですけれども、それと同時にいままで自然の状態では絶対に存在しなかった遺伝子もつくりだせるということですね。
そういうことになりますね。
ですから放射線も含め、科学者の実験室というのはけっこう危険にあふれているのではないかと思うのですが。
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